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ハンセン病への偏見や差別をなくしたいという願いを、絵画に込めて伝え続けた女性の作品展が、岡山市で開かれています。
作品を残したのは、瀬戸内市の国立ハンセン病療養所「邑久光明園」に入所し、2025年に82歳で亡くなった加藤博子さんです。
会場では、幼い頃の絵画や自画像、療養所から見た風景など、加藤さんが生涯を通して描いた24点の作品が紹介されています。
10歳ごろに発病、療養所での生活へ
加藤博子さんは1943年、東海地方に生まれました。
10歳ごろにハンセン病を発病し、その後、静岡県の療養所に入所しました。
ハンセン病は、かつて国の隔離政策によって患者や回復者、その家族が長年にわたり偏見や差別に苦しんできた歴史があります。
加藤さんも療養所での生活を送りながら、絵画を通して自身の思いや経験を表現し続けました。
生涯に手がけた作品は数百点に上ります。
自画像や療養所の風景など24点を展示
今回の展覧会では、加藤さんが残した作品のうち24点が紹介されています。
子どもの頃に描いた絵画をはじめ、自画像や療養所から見える風景、隔離や差別を経験する中で抱いた感情を表現した作品などが並びます。
作品には、加藤さんが見つめてきた日常の風景だけでなく、社会に対する思いや、偏見・差別の解消を願う気持ちも込められています。
作品に残された「2008年6月12日」の日付
展示作品の中には、「2008年6月12日」という日付が書き込まれたものも複数あります。
2008年には、ハンセン病問題の解決を目指す新たな法律が成立するなど、患者や回復者の人権回復に向けた動きが進みました。
加藤さんにとっても、この時期の社会の変化は大きな意味を持っていたと考えられます。
作品に残された日付からは、ハンセン病をめぐる歴史と、加藤さん自身の思いを感じ取ることができます。
2025年に82歳で死去、作品は次の世代へ
加藤さんは亡くなる約3年前、自身の作品の保存や継承を引き受けた瀬戸内市の邑久光明園へ移り住みました。
そして2025年、82歳で亡くなりました。
加藤さんが生涯をかけて描き続けた作品は、ハンセン病への偏見や差別をなくしたいという願いとともに、次の世代へ受け継がれています。
展覧会は10月11日まで、大阪でも追悼展を予定
加藤博子さんの作品展は、岡山市東区のギャラリーで2026年10月11日(日)まで開催されています。
また、12月には大阪市でも追悼展が開かれる予定です。
一人の女性が絵画を通して伝え続けた思いに触れ、ハンセン病の歴史や人権について改めて考える機会となりそうです。
詳しい背景や追加情報については、参照元の記事もあわせてご確認ください。
参照元
※この記事は、公開情報をもとにくらすまが読みやすく整理しています。(確認日:2026/10/07)